おはようございます。126(@takahashi126)です。
日本への帰国を3ヶ月後に控えています。
日本ではよく久しぶりに日本で生活する人が「なんか浦島太郎だわ」みたいな事言います。要は数年の間に日本もいろいろ変わっていて、新しい事にうまくついていけないのを実感するんですよね。
なんか生まれ育った日本なのに変なカルチャーショックを受ける事もあり、それを英語ではRe-entry shockとかReverse culture shockと言います。
何がカルチャーショックか
何がカルチャーショックかってやはり関わり方だと思います。
日本人には日本人の距離感があり、人との接し方や言葉遣いに独特な「間」があると思います。それは日本以外の「間」になれるとしばらく「あれ?!」と感じるものです。
でも、ちょっとすれば慣れてしまいます。
なので、この「間」については、日本を離れ海外で生活し始めた時にも感じるし、しばらく日本を離れた後に日本に帰ってきた時にも感じます。そういう意味ではさほどRe-entry shockというほどでもないでしょう。
では、何がカルチャーショックか?
ぼくは自己主張という意味での関わり方だと思っています。
「間」は感じれるし、慣れるんです。でも、「間」がどうであれ、自分の思いや考えを伝えた時に大きな壁というかショックが訪れます。
要は「間」から生まれる「空気」を超えた主張が出てしまうのです。
言い過ぎというのは一つの表現かもしれませんが、言い過ぎなくても多様性を難なく受け入れられる「空気」も主張の一つだと思います。
予定調和を壊すというのがニュアンスとしては近いでしょうか。
予定調和がRe-entry shockだ
僕としては、日本に来て感じるこの予定調和は、全体主義的にも思える怖い感覚です。
自分の考えを自分の言葉で表現する。それが間違っているかどうか以前に、異なる考えでもその主張に敬意を払う。これは予定調和ではなく、多様性とその主張の受容です。
でも、日本に帰るといつも予定調和的な間と空気にカルチャーショックを強く感じます。
そして、徐々にそういう関係に距離を置きたくなって、アンチ予定調和な仲間と近くとなっていきます。
今の時代、出る杭になる人も多いと思います。でも、そうであっても、普段接する社会では、自分の中に飛び出た杭があっても表面上はそれをあまりあからさまにしない付き合いもあり、なかなかどういう付き合いをすればいいのかわからないのが日本です。
日本に帰った時、自分に課すべきことは、自分は予定調和に流されず、出すべき杭は出して、叩かれるところからは逃げ、杭を評価試合うところをいい形で探そうということです。
どう思いますかね?
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